描き続けながら最近見えてきた、「絵の個性」と「自分の個性」について

作品画像

ここ数年、個展や展覧会、SNSなどで絵を発表するようになったことで、それに対する周囲の反応を含め、自分の描いた作品を客観的に見る機会が増えました。

そうすると、今まで意識していなかった自分の絵の個性や性格などが徐々に見えてくるようになりました。

私自身の個性を見つめ直そうと掘り下げてみただけなのであまり面白い内容でも無いかと思いますが、

「似たところがある」とか「全然タイプが違う」など、何かしら気づきのきっかけになればと思い、書いてみました。

基本的に写実で、独創性はほぼ無い

子供の頃から、写生会とか、○○を作りましょう。とかテーマが決められている時の図工の時間は好きでした。

でも、テーマは自由です。好きな絵を描きましょう。好きな物を作りましょう。となると、途端に固まってしまい、なかなか決まらずに時間だけが過ぎて焦ることが多かったです。

写真や元の絵があったり、実際に描く対象が目の前にあれば模写はできるけど、空想が上手く出来ない、知っているはずのものでも想像では描けないのです。

なので、独創性があり、本物そっくりで無くとも空想で素敵な世界を描ける、自分といわゆる真逆のタイプの絵に魅力と同時に強いコンプレックスを抱き、私には絵のセンスが無い、とずっと思っていました。

その感覚は絵を再開し、猫を描くようになった今でもあまり変わらずなのですが、ただひとつ年齢を重ねて変わったことは、

「ないものねだりをしてもしょうがない」

ということ。

若い頃と比べ、具体的に根気や視力などの身体能力が衰え始めると、元々持っていた写実的に描くという自分の特徴ですら、有限なものなのだと気づいたのです。

特に視力は、元々強度の近視ですし、昔ちょっとした目の病気を患っているので、現状トラブルは無いですが大事にしなくては…

一見寂しい話のようですが、これが逆に「今ある能力をどう大切にして生かしていくか?」という発想に繋がっていきました。

苦手な想像力(創作力?)については、スマホやパソコンの機能で上手く補いながら、構想と下絵作りにかなり時間を割くようにしています。

飽きっぽい

私の絵について、「細かく丁寧に描かれている」「毛の1本1本まで表現している」など、緻密で繊細な作業をこつこつ続けているイメージを持たれることも多いのですが、

実は具体的な計画を立てて進めることが苦手で、いつも期限が迫ってくると追い込まれて、何とか間に合わせる、を繰り返しています。

こうなることは分かっているのになんでこのやる気早めに出せなかったの?と毎回後悔するんですけど…(^^;)

どうもこの欠点、のんびり屋なだけでなく「飽きっぽさ」から来ているようです。自分なりに分析してみたところ、

色々描き方を試し、一つひらめくと、その絵の完成を見たくなり、頑張る。けど、ひとたび完成し、じゃあ同じパターンでもう一枚描こう、となるとなかなか筆が進まないという問題点が見えてきました。

実験的なことや新たな発見には興味があるけれど、完成に至るプロセスとか、繰り返し練習して技術の向上を目指すことには、どちらかと言えばあまり興味が無い。

だからといって、興味が無い。では済まされないので、「おーい、真面目にやれ」と自分を鼓舞して頑張っていますが。

でも正直こんなに自分が飽きっぽくてやる気にムラがあるとは、本格的に絵に取り組むまでは気がつきませんでした。実は気分屋だったのか(-_-)

そのことを認識してからは、気が向く作業を優先して、描く順序を入れ替えたり、下手な考えに終わっても、新しい技法を考案してみたり、何とか自分自身を飽きさせないような工夫をするようにしています。

並行して描けない

複数枚の作品制作を並行して進めることがどうも苦手です。気持ちの切り替えが下手なんだと思います。

乾燥の遅い油絵にはその方が制作時間の短縮に繋がるため有利なのですが、どうしても1枚ずつの制作になりがちです。

なので作品数を増やす目的もあり、乾燥の速いアクリル画の割合が増えました。油絵で表現したい、という作品は時間に余裕のあるときに取り組むようにしています。

人に見られると描けない

そもそも人前に出たり、コミュニケーションをとるのが苦手な性格なので、他人が見ている目の前で描く、ということがあまり想像できません。

緊張するからというのも勿論ありますが、家で描いていても、「話しかけるな」「後ろに立つな」オーラがちょいちょい出ているらしい(笑)

どうも、描いている時に少しでも他のこと(特に人)に意識が行ってしまうと気が散って集中できないようです。

解説をしながら描く絵の先生とか、神ですか!?という感じです。向き不向きだけではなく実際は努力の賜物なのでしょうけどね。

描き方を見せたくない、という意図は無いので、私もセルフ動画くらい撮れるようになるといいのですが…いつか挑戦してみます。

絵は写実でも、字は下手

「絵が上手い人は字も上手いのか?」と素朴な疑問を感じたことはありませんか?

個人的な印象としては、いわゆる「美文字」の人と、「かなり個性的な字」の人に分かれるような…

そして、私はというと、残念ながら思いきり後者の方です(^^;)

絵が上手いかはともかく、とりあえず、「写真みたい」「本物そっくり」と言ってもらえることはあるものの、字に関してはお世辞にも綺麗とは言えません。

筆運びが独特なのか、目の前で右手で書いているのにも関わらず、「左利きですか?」と言われたことも何度か(-_-)

流れるような綺麗な線が描けないんですよね。その特徴は実は絵にも表れており、欠点を補うべく自ずと線描写をあまり使わずに描いています。

猫のヒゲも、一筆書きで細い線を描こうとはせず、曲がったりはみ出たりしたところは後から背景色で潰したり、また上から塗り直したりを繰り返し。

サインもそんな感じで何とか形を整えているので、後からサインを入れるというより絵の一部になっています。レタリングに近いです。

色へのこだわりは強い

「写実的」と言われることが多い私の絵ですが、特に色に関しては、良くも悪くも見たままそのままを、無意識に再現してしまうようなところがあります。

ということは、描く元となる写真や下絵の色合いがバッチリ決まっていれば意味があるのですが、そうでなければ、ただただ良くない状態のままリアルに再現してしまうだけ。

ということに気がつきました。

どうも、コピーする能力?はあるものの、描きながら、完成イメージを膨らませて良い感じに修正していく、というのは困難なタイプのようです。

中々その特性自体は変えられないので、下絵の段階で色合いや明暗など可能な限り良い状態に調整し、完成イメージを固めてから本制作に向かうようにしています。

もう一つ気づいたことは、色の感覚は背景色作りには結構生かされているようです。

空想世界を描くことが苦手な私でもちょっとは洒落た雰囲気を出せないかなあ、と悩みながら、キャンバスに適当な色を様々なタッチでのせて遊んでみることにしました。

始めはなかなかイメージ通りの雰囲気にならず、「何これヘンな色…」というのも多かったですが、だんだんパターンを掴んで慣れてきましたし、どうなるか予測がつかない偶然性もまた面白い。

その時の気分や猫に合わせ、感覚的に色をのせて背景の画面を作るという作業は結構楽しく、毎回発見があるので、飽きっぽい私にも向いているということがわかりました。

猫の写真の背景が地味で、あまり絵にならないなとか、絵全体を柔らかい雰囲気にしたいなというときには、創作が苦手な代わりにこの方法で対応しています。

例えばこんな感じです↓

作品画像

絵が好きというより、猫が好き

飽きっぽく計画が苦手で、ネガティブ、デザインセンスもあまりない…

こんな私が良く絵を続けているなと思うのですが、結局猫が好きだから、描き始めた以上何とかいい絵に仕上げてあげたい、というのが原動力のようです。

描いているうちにモチーフに愛着が湧いてくるというか。

好きこそものの上手なれ、に繋がるといいなと思っています。

まとめ

「絵の個性」という観点から、改めて自身の制作スタイルを振り返ってみて感じたことは、

・写実的で、独創性に欠ける
・実は飽きっぽく、やる気にムラがある
・並行して描けない
・人に見られると描けない
・字が苦手なのが絵にも表れている
・色へのこだわりが強い
・結局猫好きが原動力

これが概ね私の特性ですが、真逆の特性の人もいれば、器用で作風やモチーフを色々変えられる人もいるでしょう。

また、特性は特性として、苦手なことに敢えて次々挑んでいくアグレッシブなタイプもいれば、

出来ないことは一旦諦め、出来ることに着目してそこから徐々に幅を拡げていくという私のようなタイプもいます。

自分の絵の制作過程や完成作品を客観的に眺めてみると、これまで本人も気がついていなかった、または目を背けていた個性がふと見えてくることがあります。

またそのことが、普段の性格や行動パターンを振り返るきっかけにもなるかな、というお話でした。

もし、私が描く絵に何となく興味が湧いてきた、という方がおられましたら、個展を開催予定ですので、ぜひ↓

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【小平めぐみ猫展 猫絵日和】開催のお知らせ《終了しました》

2022年8月20日

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